成見和子のブログ

日々雑感、ジャズ歌詞、映画、読書。

中島京子【小さいおうち】

中島京子「小さいおうち」を読みましたので感想などをメモしておきます。

ネタバレになる部分がありますので、未読の方はご注意ください。

 

映画を先に観ました。

とっても良かったのだけれど、やっぱり原作が読みたくなって。

読んでみたら、ため息が出るほどいい作品でした。

書きたいことは山ほどあるのだけれど、ここではちょっと趣向を凝らして遊んでみることに。

もしも健史がタキの手記をイタクラ・ショージ記念館のキュレーターに渡していたら、

記念館に掲示されているであろう「イタクラ・ショージ年譜」にいくつかの項目が加わることになりますよねえ。

それを整理してみようかと。

 

昭和11年秋   

平井家の建物の絵を描く。

 

昭和12年夏   

勤務先社長の鎌倉の別荘で、常務の妻平井時子と初めて会う。

その2週間後鎌倉駅で再会して言葉をかわす。

 

昭和13年1月3日 

平井家へ年始の挨拶に行く。

時子の息子恭一の案内で家の中を見て回り、あれこれスケッチをする。

その後、たびたび平井家を訪問するようになる。

 

昭和13年夏

鎌倉で平井時子と会う。

 

昭和13年の夏の終わり

台風の夜に平井家へ行き、女中のタキと共に2階の窓に板を打ち付ける作業をする。

電車が止まり帰宅できなくなり、平井家に泊まる。

 

昭和14年夏

長谷の大仏で平井時子・恭一親子に会う。

 

昭和15年12月半ばの土曜日

歌舞伎座の音楽会で時子に会う。

恭一へのお土産として「火星探検」を渡す。

 

昭和16年正月

平井家へ年始の挨拶に行く。

その場で社長から結婚の話が出る。

 

昭和16年夏

平井家へ呼ばれて行くと、時子から見合いを勧められる。

 

昭和16年9月

時子が一人でアパートを訪ねて来て見合いの話をするが断る。

その後に届いた時子の「・・・本当のお気持ちをお伺いしたく・・・」という葉書に「・・・本当のところをお伝えしたいと思っておりますから・・・」という返事を出す。

翌週再び訪ねて来た時子と関係を持つ。

その後、秋にかけて2度、時子が訪ねて来る。

 

昭和16年11月

平井家を訪問し、見合い話を正式に断る。

この後、応召するまでの2年ほどの間、平井時子との関係が続いていたのかは不明。

 

昭和18年秋

召集が来る。

平井家を訪ねて食事をする。

 

・・・といったところでしょうか。

この物語のクライマックスとなる事件は、板倉が最後に平井家を訪ねた翌日に起きます。

客観的には世の中の片隅で起きた小さな出来事ですが、タキにとっては一生後悔に苛まれることになる事件です。

板倉はこの件について何も知りません。

そして戦争から戻った板倉は1950年代初頭に紙芝居『小さいおうち』を制作します。

 

タキの苦しみの正体は何だったのでしょう?

時子と板倉を会わせてはならない、と考えたのは、それなりの理由があってのこと。

小中先生の「原稿を焼いた女中」の話も、タキの行動の後押しになりました。

けれど、年月が経つにつれて、タキは自分の中に嘘が混じっていたことに気がついたのではないでしょうか。

「奥様のためにはどうすべきだろう」を考えたつもりであったのが、そこにあったのは自分自身の願望だったのではないか。

愛する奥様に男と会って欲しくない、という思い。

「戦時下に、そんなことをするなんて、絶対にいけない」は、時代の圧力ではなく、自分の行動に対する正当化だったのではないか・・・タキはそんなふうに感じて、思い出しては泣くことになったのではないか、という気がします。

あくまでも私の想像で、本当のところはわかりませんが。

 

板倉はタキの行動は知らないままでした。

でも、タキの時子への気持ちには気がついていたのだろうなあ、という気がします。

紙芝居『小さいおうち』に描かれた二人の女性はもちろん時子とタキ。

二人でひとつ、みたいに寄り添ってる。

あの台風の夜も描かれています。

それ以上にインパクトがあるのが短編漫画『坂の上の家の庭の金木犀の香り』。

登場人物たちはみなその家に入っていっては、裏口から動物に変身して出て行く。

登場人物の一人は板倉自身。

坂の上の家の住人である時子の魅力に引き寄せられて中に入り、動物に変えられてしまう。

そして、同じ体験をしたのは自分だけではない、と暗に述べているのです。

 

・・・何だか、まるで時子やタキや板倉が実在の人物であったかのように語ってしまいました。

つまり、それがこの作品の力だということ。

本当のところはどうだったの? 教えて? と本気で問いかけたくなる。

でも答えは見つからない。

それでも繰り返し何度も何度も問いかけたくなる。

すごい作品です。

 

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