成見和子のブログ

日々雑感、ジャズ歌詞、映画、読書。「やさしい法律用語解説」は現在準備中。

「○○の次に来るのは?」って・・・

ネットのニュースを見ていて「マリトッツォの次に来るのは?」みたいな記事を見かけた。

そういえば、マリトッツォはどうなった?

消えてしまったのか?

消えてしまったのだろうねえ・・・。

私、結局一度も食べなかった。

ものすごく気にはなってたのだけど。

あのホイップクリームの誘惑。

だからこそ警戒して手を出さなかった、という面もあるのだけど。

そのうち、もうちょっとお腹周りがスッキリしたらご褒美に、と思ってたのだけど、ついにその時はこないまま。

(あ、特にダイエットしてるワケではないです。日常的に食べるものを選んではいるけど。)

それにしても「○○の次に来るのは?」という言葉には、あるニュアンスがくっついているように思う。

それは、次に「来た」ものも、やがては(もしくはすぐに)終わるだろう、というニュアンス。

次に来たものも同じ運命をたどることが予定されている、という感じ。

こういうニュアンスを感じると、何とも複雑な気分。

こんなふうに次々に「仕掛け」を繰り出されるとねえ・・・。

若い人は嬉々としてそれに乗っかるのだろうねえ。

きちんとトレンドをキャッチしてます! みたいに。

私にはちょっとキツいなあ。

だったら乗らなきゃいい、それはそうなんだけど。

そうすると「感性が鈍磨すると本物の年寄りになってしまいますよ!」という圧力がかかってくる。どこからともなく。

放っておいてくれ! と言いたくなることも。

と言いながら、自分と同年代なのにオシャレな人を見かけると、やっぱり羨ましくなってしまう。

あ~あ、なかなか枯れていけないのです。

あ、何の話だったっけ。

マリトッツォだ。

で、次は何が来るんだろう?

いちおう気にはなってます。